Yuka Fujii
Q1:本書を読んで印象に残っている一文があれば教えてください。
—————— 芹沢|言葉も書かれているけど、やはり物質的な塊ですよね。そうすると当然、その本自体も年を取っていくし、自分の肉体がその物質と出会って、同じように年を取っていく。だからある言葉が合言葉として聞こえてくると、その本と出会い、歩んだ自分の人生が紐づいてきて、ただのキーワードを共有した以上の何かが生まれてくるんじゃないだろうか。
港|それはやっぱり物質として「そこにある」ということが条件ですよね。何度引越ししても捨てられない本があったりして、そういう本に限って全部読んでなかったりしますもんね。
[p93 13行目ー 23行目]
Q2:その一文から感じたこと、思ったこと、考えたことを教えて下さい。
本の肉体は紙であるという事。人がその塊に魂を与えて誕生した生命は、愛されれば、いつの間にか独自の次元の中を行き来して人々の思考や記憶の中で変化し成長する。その肉体は読まれている時も棚の上におかれる時も静かな存在ですが、本当はあちこち出歩いて、たまには置き忘れられるような冒険を望んでいるかもしれない。
最近は電車(ロンドンの地下鉄)に乗るとほとんどの人が携帯電話を触っている。しかしたまに本で読んでいる人も見かける。なぜかそれは背表紙が4〜5cm位あるような分厚い小説であることが多い。昨日はドアと次のドアの間に座っている12人のうち、携帯3名とコンピューター2名に対し読書3名という楽しい風景だった。私はあんなに重たい本は持たないし細かい字の本も読みにくいので、最近はフリーの新聞を読んでいるが、「言葉の宇宙船」は持ち歩いた。
今日は、あちこちに連れて行った。ロイヤルエアーフォースの100周年の祝賀行事があり17種100機がバッキンガム宮殿を飛行通過したが、その上空に大トリのレッドアローズが差し掛かった頃、ヴォクソール橋で記念写真を撮った。テームズの川面から吹き上がってきた風にページが旗めいて嬉しそうに見えた。
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