100の読者、100の経験[012]


松山 鮎子

 

大学講師 

2017年7月26日 ここ数日は、カバンに入って一緒に移動していました
2017年7月26日 ここ数日は、カバンに入って一緒に移動していました

Q1:本書を読んで印象に残っている一文があれば教えてください。

—————— 社会的な道具としての本の機能を考えるとき、我々は本の肉体性とか場所性とかにも意識を払うべきなんでしょう。

[p124 5行目]

 

Q2:その一文から感じたこと、思ったこと、考えたことを教えて下さい。

 

この一文から、本の装丁に固有の美を見出した、19世紀イギリスにおけるアーツ・アンド・クラフト運動の主導者ウィリアム・モリスを思い浮べました。産業革命下で進行した機械化、それに伴う製品の粗悪化、労働の細分化による生産者の尊厳の剥奪。こうした社会の変化に対し、モリスは中世以来の職人の熟練の技や手仕事の価値を提唱し、特定の生産者と購入者の信頼関係に基づく、芸術性の高い製品づくりを行いました。

 

生活の中で役立つものにこそ美しさを。こう考えた彼の高貴で緻密なデザインに心惹かれる一方、たとえば夏目漱石の作品の初版本など戦前の和書の装丁にも、手仕事の味わいと落ち着きがあり、固有の芸術性や魅力を感じます。

 

ところで、それら装丁の醸し出す個性や美しさを汲みとる人の感受性に、国や文化の差異はさほど関わりがないように思えます。そう考えると、人の心を動かし他者との共感を生む、物の美的な価値は、社会的な道具としての本の大切な要素の一つであるだけでなく、本書の言う「共生」のあり方を考えるヒントともなり得る気がします。



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